9時起床。
きのう冷凍したタケノコご飯がレンジ脇に出ていた。
8時にトイレに起きたときに和服に着替え中だった女房は既にお出かけ。
朝食はこれでどうぞという意味だろう。
みそ汁にインスタントコーヒー。
いつも通りの土曜日の午前中である。
テレビを見て,新聞を読んで,本を読む。
ネットでいろいろ。
14時過ぎ,女房が帰宅。
昼食は,お菓子いろいろ。
講談社現代新書「人はどう老いるのか」(久坂部羊)を読み終える。
医者としての視点から「老い」を忌憚なく書き綴ったということだろう。
いろいろ興味深い内容も多いし勉強になるが,首をかしげる部分もある。
たとえば,新型コロナに関して【「新しいウイルスなので,確かなことは言えません」と発言する専門家は皆無】(P123)とあるが,私の見ていた範囲では現状でわかっていることとわからないことをきっちりと分けて発言していた医療関係者はたくさんいた。
【そんなことを言うと,信頼を失い,だれも見向きしなくなるからです】とあるが,そういう医療者の方がよほど信用できると思うし,私は信頼してフォローした。
p162の【がん検診のデメリットは,まず過剰診断です】も,「過剰検診」の一般的な意味ではそうなのかもしれないが,たとえば福島県での子供への甲状腺検査が「過剰診断」と批判されているのとは定義が違う気がする。
【認知症になると,子どもや犬猫などと同じく”今”しかなくなるので,煩いも消えるのです。ある意味,認知症は自然の恵みでもあるのです】(p103)
私がある程度知っているのは母親と義父の例だけだが,どちらも認知症と診断されてからかなりの期間恐怖心や不安感にさいなまれていたように見えたけれどな。
落ち着いたように感じられたのはかなり後半で,その頃には意思の疎通もできなくなっていたから,内面はわからないが。
まあ個人差ということは当然あるのだろう。
ちなみに,母親の場合本書にあるような胃ろうやCVポートも選択肢として提示されたが,妹とも話し合ってどちらもやらないことにした。
医は算術は当然あるだろうし,標準医療がいわば最高の医療だろうし,安楽死も選択肢としてはあった方がいいと思うから,かなりの部分で同意できる内容ではあった。
実例が多いのもよい点だが,小説で既に読んでいたというのもある。
ネットでいろいろ。
Google Photos の空き容量が逼迫してきたので,孫が産まれてからはAmazon Photosを使っている。
月ごとに撮った写真をアルバムにまとめて家族にurlを伝えている。
日付順に並んで便利なのだが,LINEで送られた写真のすべてが日付不明にまとめられてしまうのである。
LINEではexif情報が削除されてしまうからということらしい。
位置情報だけかと思ったら,撮影日時なども削除されてしまうのだな。
産まれて半年,かなりの写真があるのでそれらに日付をつけることにした。
アマゾンフォト上に日付をつけるツールがあるのでそれを使ってみたが,当然写真を選んで手動でやる必要がある。
タイムスタンプを見てその日に設定してくれちゃってかまわないのだが,そういう機能はなさそうだ。
散歩に出る。
風呂に入る。
夕食の献立。
すき焼き。ネギ,春菊,しらたき,豆腐,牛肉。玉子,割り下。
若竹煮の残り。
タケノコご飯の残り。
ビール750mL。
白ワイン少々。
八朔を半分ずつ。
皿洗いは女房。
テレビを見て,アマゾンフォトの作業をして,2時就寝。
アマゾンの方は,同じ日付はまとめてできるので,それほど大変ではなかったな。
今後はツールを探して使ってみよう。
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