2月1日(火)晴れ

 9時起床。
 朝食は昨日のカレーの残り。味がまろやかになって,今日の方がおいしい。2杯も食べてしまった。
 朝風呂に入って,11時頃葬儀へ。
 実は,昨日の夕方女房からメールが入ってかつての私の上司のNKさんが亡くなったという。
 あれは,確か1988年だったと思う。
 会社が新しい分野の仕事を始めるという噂は聞いていた。自分には縁のない世界,と思っていたので関心はなかったのだが,上司だったT部長がその責任者になったということで,全部員が集められて役員の話を聞いた。やれやれTさんもいなくなるのか,いよいよこの部も世代交代か,なんて感慨にふけりながら席に戻ると,当のT部長がトコトコとやってきて,私の肩をたたきながら「君も一緒に来るんだよ。」
 私は泣きましたね。3日間ぐらい。
 このあたりのことは,またいつか気が向いたら書くとして,このあと室長としてはじめて出会ったのがNKさんだった。
 役員からの猛烈な引きでこの部署に来たということだから,仕事のできる人間であったことは間違いない。
 背が高くて色浅黒くがっしりとしたスポーツマンで,着るもの食べるものにもこだわる,要するに私とは対極にあるような人だった。
 それでも何となくウマがあったのは,20人くらいいた寄せ集めの部隊の中での同部門出身者ということからだろう。直接の面識はなかったのだが,女房の部署に長くいた人であり,彼女から話は聞いていた。
 癖のある人という評価もあったが,これは性格だけでなくそれまでの仕事に対する自信から来ているもののようで,客観的に見ても外部の公共機関などから名指しで問い合わせがあったりして,脇で聞いていた私などはその知識に圧倒されたものだった。
 しかし,新部署ではその知識や経験がダイレクトに生かせるはずもなく,全員が同じラインからのスタートとなったわけで,勝手が違う部分も多かっただろう。
 よく2人で出張にも行ったし,「山ごもり」と称してほかの数人を加えてPC98と当時出たばかりの「一太郎V4」を車に積んで,1週間単位ぐらいの「合宿」を繰り返したものだ。
 部長になった彼の下で私はずうっと「若手」のままだったが,ざっくばらんに話せる立場でもあったので,「私はこの部署に来る気はなかった。早く戻してくれ」なんてわがままを言い,「俺の目の黒いうちは返さない」なんてやりとりをずいぶんしたものだ。
 やがて彼は部を去り,私も念願かなって異動となり,以後は疎遠になっていた。
 定年を待たずにやめた彼が,電子書籍関連の仕事をしていると私を訪ねてきたこともあって,さすがNKさん,先見の明があるなんて関心もしたものだ。
 今から10年も前のことである。XMLとかSGMLとかがはやりつつあった頃かな。
 私が早期退職したことを知って,一度会おうと連絡をくれたのは2009年のはじめだった。
 かつて行きつけだったという神保町のランチョンで出会った彼は,以前とあまり変わらぬダンディぶりだったが,大好きだったテニスもやめてしまい人に会うのも億劫になってなあ,と気弱なことを言う。
 前年に家族ぐるみで仲のよかった「合宿」仲間のIさんが若くして亡くなっていたこともあるのだろう。
 ビールにも食事にもあまり手をつけないのを訝しげに思っていると,去年胃を全摘したという話をぽつりぽつりと語り出した。
 他人に話すのはこれがはじめて,という感じでそれはいかにも彼らしいと思えた。
 それから2年。
 年賀状はいつものように,朝日に向かう2匹の愛犬のシルエットと金の賀正,まだまだがんばるとの添え書き。
 少しは元気を取り戻したかと思っていたのだが。
 遺影も愛犬に囲まれて帽子を目深にかぶったロングの写真で,それもまた彼らしい。
 ダンディな彼のことだから,死に顔は他人に見せたくなかったのではないかと思う。



 日常モードに切り替えて,14時頃家に帰って昼食。カレーの残り。
 夕方,いつものスーパーで買い物。
 日本酒1L,豆腐,たまご,ヨーグルト,プレーンヨーグルト,エリンギ,レンコン。
 合計1838円。
 いつもの八百屋で,ダイコン,キャベツ。
 合計228円。
 夕食:
 鶏肉とダイコン,エリンギの煮物。
 焼キャベツのカレーのせ。丸のキャベツを8分の1ぐらいに切って,ニンジン,キノコなどとともに炒め,焼き色がついたら酒をかけて蒸し煮にし,最後にカレーの残りをかける。よくわからない料理だが,カレーの味で十分食べられる。
 豆腐と油揚げの味噌汁。
 御飯。
 ビール1L。
 ベッドに入ると咳が始まる。